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2002
4/29 (月) 5 |
「今必要な事は実行力である」とは、以前よりもよく聞く言葉です、これは本当に現在の日本にとって必要な事だと思います。日本から観ると海外の国は実行力がある様に見えてくるのは何故でしょうか?私はそこには社会の風潮(習慣?体質?)が密接に関わっているのではと思います。日本では何か物事を始める時(行動に移す時)必ず叩(たた)きます(否定します)、これはおそらく日本の古くからの体質かも知れません、「今必要な事は実行力である」を実行に移すとおそらく避難雨霰であろう、これでは余程打たれ強い者以外行動する勇気が持てないだろう。これを聞くとそんな「ひ弱な奴」ではダメだ、と言う人がいるかもしれないがよく聞いて頂きたい、海外こそ成功するのが難しい面があるが「行動しない奴」こそ打たれる、これは「日本と真逆」である、そして行動してもダメだった場合「今回は運が悪かっただけさ」、全く持ってあっけらかんとしている(決して後先考えずの行動を言っているのではない)、終いにどう考えるかは別としてこれは今の日本が学ぶべき社会体質ではないだろうか?、そしてこの体質こそが経済,精神面にどれだけ+(プラス)を与えることだろう。
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2002
4/22 (月) 2 |
ガチャガチャ、この言葉(名詞)は地域によって多少の呼び方の違いはあれど、こう呼ぶことによってどの地域でも意味の通る標準語みたいな不思議な言葉です。私は20数年前、誰から教えてもらったわけではなくあの機械(取っ手を廻す時)の音を聞いて友達にこの言葉で説明した記憶があります、その時のガチャガチャは確か20円が主流で、コストの関係か色も単色で形も悪く子供騙しもいいとこのとても御粗末なモノでした。{私は現在も貴重な?シャーロック・ホームズ(2頭身の)などを持っています、これを知っている方はとても通だと思います}しかし現在のクオリティ度の高い事と言ったらプラモデル並みです、本当に凄いです、アメリカのガチャガチャ(現在の)は色こそ塗ってあれど日本のモノにくらべて御粗末なものでした、そしてこの小さなゴムの人形一つとってもこの国の特色がありありと伺えます。日本は(特撮ないしアニメーション等も)子供のジャンルだと見なしているものに対しても「大人の意識」を注入する事ができる芸術的感性を持合わせています、しかし残念な事に自らはその事に気がついてはいません、残念な事です、その感性があるからこそ世界に認められる文化として存在しているのに・・・。現在ガチャガチャの人気は止まる所を知りません、販売停止された過去のモノはプレミアが付き価格が急騰、専門の販売店なども多数存在し、ネットオークションでも絶えず売り買いされています、これは凄い経済効果です、そしてこれからも続いて行くことでしょう。御年輩の方が子供の頃遊んだりしていた玩具は今でも多少の(一部違いますが)高値が付くモノもあります、今ある子供向けのモノと思われているゴム人形ですら数十年経ってもなを手に入れたい、元来の「大人だから子供の玩具はちょっと・・・」の意識を超えた存在になるでしょう、現に「ガンダム」という作品は20年を経てもプラモデル,本,ガチャガチャ等が販売され大きな経済効果をもたらしています。(この作品の凄さはまた後で記載する事にします)コレクター感情というものもありますが、そこには引き付けて止まない大人向けに作り込まれた(大人が満足したい欲求)美学(芸術性)が存在しています、おそらく確実に?100年後、美術館に並んでいるかも知れませんね。現在アメリカのブロードウエイ・ストリート(マンハッタン)に日本の玩具ショップ(コミック,フィギア,アニメーション)があります、しかしそこのショップを経営し日本から玩具をアメリカへ輸出しているのは韓国の方でした、それは自由だし嬉しく思いました、しかし思議な気持ちでしたね、しかもそれが良く売れているんです。自動車、家電などを作って売るだけが経済(産業)ではありません、海外の方と話をしていると「アキラ、トトロ、ヤマト。」とよく出てきます、これはいかに世界中へ日本の文化が浸透しているかの現れではないでしょうか?。今回はガチャガチャ本来の内容にあまり触れなかったのでまたの機会に話したいと思いますが、こんなに玩具に溢れている国なんて世界中ここだけしか存在しません、よく考えてみて下さい、当たり前のように思っている事でも日本独自のものがいかに多い事か・・・私はこの国に生まれて本当に嬉しいです、皆さんはどう感じられますか?。
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2002
4/20 (土) 1 |
だだ単にアニメーションと言っても話の内容がピンと来ないかも知れませんので「日本から生まれたアニメーション」という事で話を始めたいと思います。昨日も某テレビ局でこの内容のこと(葛飾北斎~,etc)を放送されていたので観られた方がいらっしゃると思います、そこでここは少し違った視点で・・・。古来日本など筆を使うアジア圏はその素材上(太さを容易に強弱できる筆に付けた墨の濃淡によって空間を表現出来てしかも素早く物の有り様を簡潔に捉えられ)、そしてそこに欧米(その他の地域)ほどくっきりとしていない太陽の光・・・(日射しが強いと人の目はとてもハッキリと物を立体として認識できるんですね)によって平面的になるべくしてなったと言ってもいい文化圏です。水墨画にある背景のあの白の間を空間とできたのもまさに墨と筆の妙技だと思います。そしてその国から生まれたアニメーション文化、しかしあまりに軽視し過ぎて海外から認められるまで文化として考える頭を持たなかった所があるんではないでしょうか?。アメリカでは(産業がコストの安い日本などに移項した時)エンターテイメント文化を巨大なビジネスとして確立しました、PCもそうですね。今そしてこれからはこの国もコストの安い他国に産業を譲らなくてはなりません(世界的にもそうあるべきです)、現在そうなって来ています、そこでアニメーションなのですがまずは・・・江戸時代の浮世絵、ほんとあれは今の時代で言うマンガ(的表現)ですね、それが西洋に渡り絵画的の一種として取り込まれたんですから、まあセンセーショナルだったに違いないですけど日本人からすれば西洋から油彩画と共に入ってきた立体感と写実描写の方が驚きだったんですね。しかしここで興味深いのは絵画は西洋気触れをして進んで行くのですが、マンガのジャンルになると(ここ数年前から立体を取り入れた技法が現れていますが)それが一切なく北斎から生まれた表現の発展系が次々と生まれでてくるんです。ある意味、芸術と見なしていなかったからこの国に入ってきた立体革命を受けずに独自の道を歩んだのかも知れませんが、これはとても興味深い事です。しかしここで一言、日本の浮世絵をシカゴの大学で教授と話した時もニューヨークの美術ライターも知りませんでした(もちろん全ての方ではないでしょうが)、ヨーロッパに与えた影響もです、これにはさすがにショックを憶えました、やはり自国が絶大なる評価を与えていないからでしょうか?。アニメーションもそうです、きっといつか美術の教科書に浮世絵が載ったのと同じようにアニメーションないしマンガが載る日がきっと来ます、現に平面美術(絵画)にはアニメーション&マンガを取り入れる作家が多数出てきていますし、います。エジプトの遺跡に描かれている絵なんてマンガ的な絵の流れで物語を分かりやすく伝えていますね。ズラズラと能書きを垂れてきましたが、アニメーション(日本文化の一つ)大切にしたいですね。
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