美術界の裏の裏.1
2002

5/26

(日)

10

始めに、前回の内容の続きを含み、そして今回の話(地方に於ける極一部の公募展)は美術界という言葉を個人的には含めたくはないと考えています、そして今回お話するものが全てではないし、私自身も多数の素晴らしい公募展を知っています。現在地方でも多数の公募展が存在します、多くの場合それはその地域の活性化を名目に行っているのですが、極一部の特に地方での(県叉は市の)公募展はその地域で美術(絵)などを製作している方の権威を掲示したいが為に行っているものが存在する事をお話致します、余りにも-(マイナス)効果で低次元なので指摘したいと思います、つまりズバリその方の威厳を高め保ちたいが為のエゴです。もちろんある意味それは常識として存在しうる領域を否定はできないのですが、自分の知っている人(知人とか生徒等)を優先的に評価し、作品の評価を蔑ろにしていると言う事です、私情を持ち込むとでも言えるこの情けない行為を野放しにしているその地区の資質にも疑いを抱いてしまう程です。新しい風を吹き込もうと出品される方もいらっしゃると思うのですが、それはこういう地域に無意味としか言い様がなく、そしてその地域の美術が進歩しない由縁がここにあるのでしょう。ハッキリと言える事は美術に対しての明確な目も思考も持合わせていない方がその地域に入ってくる良き風を遮っていると言う事でしょう。いずれ消えて行く事でしょうが21世紀にもなってこのような状態では情けないとしか言い様がありません、皆さんはどう感じられたでしょうか?。



封建的社会の弊害
2002

5/25

(土)

9

最近地方での犯罪が多発している、もちろん大都会でもそれは同じ事であるが地方のそれは少し違うような気がする。人は時代と共に精神面が多様化し今まで当たり前のように存在していた理屈では納得できない程(疑問を抱く)の精神を持つ程に進化し続けている、都会で起る衝突の一例は人同士の摩擦等があげられるが、もちろんこれは地方でも言える事だが、そこには今なを根強く存在し続ける封建的概念をあげずにはいられない。そう、地方は著しく封建的である、これは先進国と言われているこの国の大都市と地方の格差を甚だ顕著にしている、一つの例として、地方ではこれはこういうモノだという固定観念が覆される事はないに等しい、それは偏見という言葉が良くあてはまる、分かりやすく言うとイメージの固定観念が人を縛り付けていると言っても良い程である、これは新しい芽を摘み取るのに申し分ない力を発揮する。今の世の中、都会から発進した「感性、進化した精神群像、等」はテレビ等のメディアを通じて瞬時に見る事ができ、影響を受ける、これは避けては通れない事でありむしろ良い事であると指摘したい、つまり地方の若者も都会の彼等と同じように精神の多様化をし続けている、しかし一方では現実に根強く固定観念が縛り続けている、そして今多発している犯罪の多くはこの事による苦悩の捌け口を持たないが故にネガティブになり爆発した時に起きるものが大半と言えるだろう、これはとても悲しい事だと声を挙げて言いたい。地方の活性化が叫ばれている今、物事を見つめ時代に適応して行くべきなのに良いものを選択しようともしていないこの状態は意固地とも言えるのではないだろうか?



今、地方分権!.1
2002

5/12

(日)

7

地方分権」、できるだけ早く成し遂げたい重要な事だと云いたいです、それぞれの都市が東京など大都市の様に財政面等の自主的な成長を遂げる事が如何に経済の活性化に絶大な影響を与えるかは御承知の党利と思います、無論人口の多い大都市が活性化する事は常識の筋ですが、例えば一つの例(提案)として十数年前から沖縄のポップスが注目を集めています、それは古くからその地域にある音楽にも相乗効果をもたらし沖縄といったら音楽的なイメージを抱くに至っています、これは現在もその流れを保っているのですが、地方から巣立って東京で活躍する人材を育てる事に止まっているだけでは宝の持腐れに終わってしまう予感が多々あります。広島では数十年前フォークソングブーム以降素晴らしい音楽を作るミュージシャンを沢山育んできました、しかし彼等は皆東京へと巣立ち今や広島は沢山のミュージシャン、タレント、作家を排出する地方に成るに至っています、これは素晴らしい事だと思うのですが、その土壌をいかしその産業をその地域の場にて発進する土壌を作る事を初めては如何だろうか?、(全国の人が注目し見たくなるような生の声のつまった音楽番組?等)つまり今云いたい事はその事である、北海道でも今見てとれる流行りの出来事は年少の女性ミュージシャンを沢山巣立たせていることであるがそれはそれとして止まっている現状がある、つまり東京でヒットさせる事が目的でメジャーで、地方の活性化に至っていないと云う事である、大阪を見て頂きたい、大阪は独自の道を確立しているではないか、とどの詰まりは東京に媚びる事なくその地域を発信源にして独自の産業を築き上げる事が重要であると云いたい、こういう事を言うとその地域には何も活性化させるものがないという声が帰ってきそうだが良く考えて欲しい、今やどの地域、地方でもメディアを抱えて電波を発進しているではないか、ホームページでさえ大きなビジネスが動く時代であるのに大勢の人間の集合体で活性化できないわけはないであろう、要は動く事である。大阪に学べ、大阪を知ろう、この事を強く云いたい。



ガンダムというロゴス.1
2002

5/7

(火)

6

「ガンダム」ここでの内容は1979~1980年にサンライズが製作し放映され三部作の映画が作られた「起動戦士ガンダム」にあたります。子供向けのアニメーションと思われている方が多数と思いますが、この作品は大人にこそ多大な、共感し得る大きな作品です。先ず初めに何故この作品「ガンダム」に絶大なる評価を与えているかという事から入ろうと思います。一つにはアニメーションの歴史を大きく変えたという事があげられます、それはそれまでにない現実性、ストーリーの奥深さ、音の妙技(発想)、絶妙なキャラクター設定等がそれです、これらの内容がそれまでの子供向けアニメの持っていた単純な善悪のストーリーを一掃して、この国のアニメーションを現在の位置まで高められる方向付けをしたと言っても過言ではありません。(細かい内容は今回は控えます)日本のアニメーションが世界で高い評価を受けているのは絵の質の高さもありますが、大人をターゲットとしたところによる影響も忘れてはいけません、依然にも(玩具の項等)述べましたがこの発想によって飛躍的に成長して行く事になります。そして次にこの「ガンダム」が日本の若者にある一種の精神的面での人生観を与えた事も重要なことの一つです。日本は無宗教国です、もちろん仏教等ありますがキリスト教やイスラム教の様に人生観、物の見方を教えるような宗教の影響はありません、しかし人はどこかで人生観みたいなものを欲しているところがあります、そういった事が影響している可能性があってかどうかこの国にはアニメーションが栄えています。アニメーションには観ている側が描かれた主人公ないし登場人物へ自分を投影したり、憧れや願望を抱いたりする要素を含んでいます、つまりそれを通して人生を垣間見る事ができます(これは実写のムービーでも同じです)、戦後日本はそのようなものを望んでいたのかも知れません、先進国(この表現はあまり好みませんが)に住んでいる人は精神的に複雑多様化しそこから宗教への疑問など芽生えてきたことは否定出来ませんし、もしくは時代の変化に伴って宗教の持つ人生観が今の時代を活きている人の精神面に追い付いていないのを感じ取っているのかも知れません。アメリカでは「スターウォーズ」という作品があります、これはとくに若い宗教を持たない人に絶大な影響をもたらしています、そしてこの作品が大ヒットしている国は先進国でその中でも絶賛しているのは宗教を持たない若者といっても過言ではありません、そこでこの「ガンダム」がこの国でだだ単にアニメーションの枠を超えて多大な影響を与える事になったのもある意味必然だったのかも知れません、つまり若者が欲しがっていた一つの人生の過程みたいなものがそこにあり、様々なヒット的要因と相まって今日まで影響を与え続けています。この影響はおそらく今後も続いて行くで事でしょう。




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