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2006
2/3 (金) 79 |
2005/10/3+2006/2/3 やっとこれを書く時が来た・・・という感じです。あと数カ月で現サイト終了。 「橋本恭明スタジオ」が終了します、終了といっても継続表示されますので少し意味が違いますが、そして続編へと受け継ぎます。5年と少しの間でしたが、必要な事は行えた?という感じです。 御存じかとは思いますが・・・当サイトは「殆ど私、橋本恭明、1人」で頑張ってきました、雨に風に吹かれようが・・・。(笑顔) 当初色々な現状を見て、それからやらなければならない事を考えて、様々な方向に伝える事を試みましたが見向きもされなかった事が結局功をそうし?、この橋本恭明スタジオを立ち上げるしかないと気付きました。 そう、今もこのジャンルは九分九厘が無駄な存在とされているにも関わらず、それまで誰もそれに触れた事がなかった、というより知らなかったのだろう。 そこを崩して解放するにはどうしたら良いか・・・しかしどうもがいても難しい状況だった・・・本当に酷いものである・・・人間という生き物は、こうも酷い面があるものなのかと思ってしまった事もある。 それにしても、当時味方は1人も居なかった事は身を斬られるごとく痛かった。 今でも思い出す・・・伝わらないという事は本当に辛い・・・まぁ現時点でもまだ変わりはないが。(笑顔) 「極一部以外の人の作品と歴史は端っから・・・」と話そうとも・・・何の事?という様な反応・・・。 書籍も既存メディアも駄目。 そんな中・・・この場、Webがなければ誰もこの事を言えなかっただろう。本当にそうである。 内容からしてかなり叩かれるだろうと考えた・・・正解である・・・本当に相当なものだった。 御飯も喉を通らないとはこの事か・・・という日々もあった。 話はそれるが、ノイローゼとはあの領域の先の事かも知れない・・・。当時何も持っていなく孤立して叩かれ、精神的にまいり、震えが起き、震えて震えてその内、色覚?目に見える色が薄く見えて、白と黒のボーダー?みたいなものが見える物に重なって見えた時がある。あれはよっぽどの時だったが、本当にきつかった、体が薄っぺらっぽく感じられて・・・本当に危なかった。人間何時そうなるとも限らない・・・どんなに酷い状況に囲まれても、気を付けて下さい。・・・話がそれすぎた。 しかし・・・あなたも私も今日ギャラリーを借りて展示しているあなたもものこの世に居ない人も・・・この状況では絶対に・・・。 これだけ愚行を続けてきた両既存は反発は当然である・・・潰しにかかり、事実さえ見る事も無いだろう。 先に論文等を送った事もあったが・・・まぁ、会った事も話した事も無いのに、よくもまあある事ない事好き勝手言えたものだとは思ったが・・・本当に冗談ではない状態だった。 既得権者にしたらそれはそうであろう、一部しか歌えなかった歌を、歌いたい人が皆歌うようになるとしたら、独壇場は無くなり既得権は崩壊に近い。 しかしWebが発達して本当に良かった。真のジャーナリズムへと本当に変わって行くかも知れない。 思えば5年間多くの事を綴り活動してきた。 これから次に大切なのは、みんなとはいわず興味のある人が、見る目、描ける力を身に付け、活動して頂く事である、それは経歴が低い方が良い。基盤が築かれるまでは、これまでの愚行の二の舞はさけなければならない。 その為に、続編(1.5)へと活動は続く。 万人へ平等に浸透する迄は、単独作家や経歴者やエゴを作る訳にはいかない。 大切なのは、これ迄隔たりのあった領域を無くす事。 次である。 これを行った者は、小さい頃から何故か不思議とある過去の著明な作家に妙な親近感?みたいなものを持ち、ほんの少しだけ考えたり感じたりする事に長けただけの、人間という事である、そう、人間だから芸術なのである。 それが大事という事である。 それにしても早く続編を作らねば・・・。 当サイト最後のコラムである。 |